院長コラム

当院で行っている近視進行抑制治療について

EDOF  / オルソケラトロジー  / 低濃度アトロピン  / 近視

恵比寿くぼの眼科ではオルソケラトロジーを始めとした、小児の近視抑制治療を行っております。そこで今回は、当院で行っている治療、そして、最近の近視治療の動向についてお話したいと思います。

世界的に近視が急増している

現在、近視が世界的に急増しています。2016年に発表された論文では、2010年には28%であった近視の有病率が2050年には実に人口の52%に、およそ10%が強度近視(とくに近視が進んだ状態)になる1)と言われていましたが、その後のコロナ禍による生活習慣の変化が、近視の進行にさらなる拍車をかけ、現在、予測を上回るスピードで近視が増加しています。

日本を含む東アジアでは昔から近視が多く、現在すでに、若者の80~90%が近視の状態であると言われています。とくに近視の進んだ、強度近視の状態になると、視覚障害の原因となる近視性の黄斑症や網膜剥離、白内障、緑内障のリスクが飛躍的に上昇するため2)、今、近視の治療と予防が社会的に重要な課題となっています。

このような背景から、近年、近視の進行を抑制するさまざまな治療法が研究されており、いくつかは有効性と安全性が証明され、実際に治療が行われています。今回はそれらの治療法について詳しくお話したいと思います。

 

近視とは?

      (日本眼科医会ホームページより)

 近視治療のお話をする前に、まず、近視とはどのような状態でしょうか。

 近視とは、眼球が前後にのびて長くなって、網膜の位置より前にピントが合うようになってしまった状態です。
近視の原因は、遺伝的な要因と、環境的な要因の2つが関わり合っていると言われています。遺伝的な原因は、近年解明されつつあります。環境的な要因としては、スマートフォンやタブレットを長時間使うことなどが挙げられます。
通常の近視でしたら、眼鏡やコンタクトで矯正できますが、さらに悪化すると、矯正時の視力も下がってしまいます。

 また小児の特徴として、成長期に眼球も大きくなり、形が変わるため、眼軸が長くなり、急激に近視が進行することがあります。この成長による眼球の形の変化をコントロールすることで、近視の進行を抑えることができるのではないか、というのが小児の近視進行抑制治療の考え方になります。

 

小児の近視進行抑制治療とは?

現在小児近視の治療で国際的にスタンダードだとされているものは

□低濃度アトロピン点眼
□オルソケラトロジー
□多焦点ソフトコンタク トレンズ
□DIMS(defocus incorporated multiple segments)レンズなどの光学的治療
となっています。

当院で行っている、低濃度アトロピン点眼、オルソケラトロジー、多焦点ソフトコンタクトレンズの治療について、詳しく説明していきます。

 

低濃度アトロピン点眼

 現在、世界で最も広く行われている近視治療で、1日1回就寝前に点眼するだけの負担の少ない治療法です。 

           

 

低濃度アトロピン点眼の効果

 アトロピン点眼(1%点眼)は、古くから小児の近視の進行を抑えることが知られていましたが、まぶしさや手元の見づらさ、アレルギーなどの副作用や3)、使用中断後に急激な近視進行がみられるリバウンド反応のために、近視治療としての使用は難しいと考えられていました。
しかし2012年にシンガポール国立眼科センターでの研究から、低濃度(0.01%)のアトロピン点眼で、近視進行を抑えながらも、副作用の問題がほぼ解消されることが明らかとなり、一躍脚光をあびるようになりました5)
    (文献5より)                  

    

その後の研究で、低濃度(0.025%)アトロピン点眼を行ったときに、副作用を抑えながら最も近視進行抑制効果があることが分かり、現在、臨床では、低濃度(0.025%点眼)アトロピン点眼が多く使用されています。

 

国内での治療の現状

 現時点では低濃度アトロピン点眼液は、近視進行抑制治療目的での使用が認められていないため、国内で治療を行う場合は自由診療でのみ処方されています。

 日本では、2021年に世界初の多施設共同研究に7つの大学病院が参加、0.01%の低濃度アトロピン点眼の近視抑制効果を報告しています。その他の研究報告でも重篤な副作用の報告はなく、安全で効果的な近視抑制治療の方法の一つと考えられています。また2019年から参天製薬が大規模な治験を開始し、2023年10月にフェーズ2/3が終了したとの情報があり、次のステップである国内での承認および販売の開始が待たれます。

 

治療のメリット、デメリット

  •  
  •  メリット 
  •  □ 治療の負担が少ない
  •  □ 自宅での管理が簡単
  •  デメリット 
  •  □ 近視の進行は抑えられるが、視力自体の改善は望めない

 

治療にかかる費用

低濃度アトロピン点眼にかかる治療費はすべて自由診療となります。

当院で治療を行う場合

 

 通常の使用で、1か月にマイオピン約1本使用します。通院は初回のみ副作用チェックのため1か月後、その後は3か月に1回定期健診を行います。

 

 

オルソケラトロジー

オルソケラトロジーとは、特殊な形状のハードコンタクトレンズを就寝中に装用することで、角膜の形を変えて、日中の裸眼視力を改善させる治療法です。角膜の形を矯正することで、焦点をうまく合わせることができるようになるため、日中はレンズを外しても、裸眼で遠くのものが見えるようになります。 

 

(メニコン ホームページより引用)

 オルソケラトロジーは近視を矯正するだけでなく、近視を抑制する効果のある治療として世界中で広く認められてきており、現時点では、最も近視抑制効果が高く、患者さんの満足度も高いと考えられている治療です。

 

オルソケラトロジーの効果

 実は、なぜオルソケラトロジーが近視の進行を抑制するのか、まだ正確には分かっていません。

 
 有力な説の一つとして、「軸外収差理論」というものがあります。成長期に、ピントが網膜上に合っていないと、焦点を合わせるために、眼球の形自体が変形する能力があるため、近視の状態では眼球が病的に前後に長くなってしまうと考えられています。そのため、近視の進行を防ぐためには適切なピントが結べる状態となるように、眼鏡やコンタクトを使用することが重要です。ただし、眼鏡や通常のコンタクトでは、網膜の一部にしかピントを合わせることができないのですが、オルソケラトロジーレンズを使用して、角膜の形を変えると、より広範囲に網膜にピントが合うようになるため、近視の進行が抑えられるのではないか、という考え方です。

    (文献9から引用)

 

国内の治療の状況

 日本では2009年に軽度近視の20歳以上の使用が認められ、2016年には20歳未満に対しても使用できるようになりました。6)その後の様々な研究から、オルソケラトロジーを行うことで32%~63%の眼軸が伸長することを抑制する効果が認められたこと7)が明らかとなりました。現時点では、最も効果の高い近視進行抑制治療と考えられています。
 ただし、保険診療としては認められていないため、自由診療のみの扱いとなります。

 

治療のメリット、デメリット

  •   メリット 
  •     □ 裸眼の視力が改善する 
  •     □ 夜間のみ使用するため、保護者が管理しやすく、低年齢から開始できる
  •     □ レーシックやICL(眼内コンタクトレンズ)と違い、使用を中断すれば、
  •               元の状態へ戻すことができる
  •  
  •   デメリット 
  •         □ レンズの日常のケアや定期的な通院が必須である
  •       これを怠ると、角膜感染症という重篤な症状を起こすリスクがある                                                

治療にかかる費用

オルソケラトロジーに関する治療費は、すべて自由診療となります。

当院で治療を行う場合

  • ※1 専用レンズの使用料+お試し期間中の検査費+初回ケア用品を含みます。
    ※2 専用レンズ代+1年間の定期検査代+専用レンズの破損交換保証を含みます。
  •   (1年以内、片眼につき、1回まで)
  •    治療の継続を決定後、途中で使用を中断した場合も返金はございません。
  •  

  • ※3 通常の使用状態で、2~3年に1度の定期交換が必要です。
  •     感染症のリスクがあるため、最低でも3か月に1回の定期健診が必須となります。

 

 

  • 焦点深度拡張型ソフトコンタクトレンズ
      (EDOFソフトコンタクトレンズ)  

 通常のコンタクトレンズでは、焦点が1点に合うように作られていますが、焦点深度拡張型ソフトコンタクトレンズでは、焦点が合う範囲を広げることにより、より広範囲のものが自然な見え方となるように作られています。


                              (SEEDホームページより引用)

多焦点ソフトコンタクトレンズの効果

 多焦点ソフトコンタクトレンズを用いた近視進行抑制治療が行われるようになったのは2008年頃からですが、単焦点のコンタクトレンズや眼鏡に比べて20~77%の近視抑制効果が報告されています。8)

 多焦点ソフトコンタクトレンズの近視抑制のメカニズムは、オルソケラトロジーと同様だと考えられていますが、まだよくわかっていない部分が多いのが現状です。

 

国内の治療の状況

 現在日本で販売されている多焦点ソフトコンタクトレンズはそれほど種類がありません。とくに1日使い捨てタイプの多焦点ソフトコンタクトレンズで近視進行抑制効果が認められているものは1種類しかなく、シード社から販売されている1DAY pure EDOF(Mid)という焦点深度拡張型(EDOF)デザインのコンタクトレンズになります。日本では成人の老視用として販売されていますが、小児の近視進行抑制治療の用途に対しては、承認されていないため、自由診療となってしまいます。

治療のメリットとデメリット

  •  メリット  
  •       □ オルソケラトロジーに比べて違和感が少ない
  •       □ 使い捨てタイプなので、感染症のリスクが少なく、紛失の心配もない
  •  
  •    デメリット 
  •       □ 裸眼の視力は改善しないため、日中に使う必要がある
  •       □ 自分で取り外しできる年齢になるまで使えない

 

  オルソケラトロジーに比べて感染症のリスクが少ないとはいえ、定期的な通院でのフォローアップは必須となっております。

治療にかかる費用

近視治療としての使用は、保険診療で認められていないため、自由診療となります。

当院で治療を行う場合

※およそ3か月に1回の定期健診が必要となります。

 

 

 

 

参考文献

  • 1) Holden BA, Fricke TR, Wilson DA, et al. Global Prevalence of Myopia and High Myopia and Temporal Trends from 2000 through 2050. Ophthalmology. 2016; 123(5): 1036–1042.
  • 2) Haarman AEG, Enthoven CA, Tideman JWL, Tedja MS, Verhoeven VJM, Klaver CCW. The Complications of Myopia: A Review and Meta-Analysis. Invest Ophthalmol Vis Sci. 2020; 61(4): 49.
  • 3) Yen MY, Liu JH, Kao SC, et al, : Comparison of the effect of atropine and cyclopentolate on myopia. Ann Ophthalmol 21 : 180-182, 187, 1989.
  • 4) 西山友貴, 森山無価, 深町雅子, 他: 臨床研究 低濃度アトロピン点眼の副作用について. 日眼会誌 119: 812-816, 2015.
  • 5) 中村葉.小児の近視治療:低濃度アトロピン.眼科 グラフィック.2020;9(5):550–557.
  • 6) Hiraoka T. Eye Contact Lens. 2022 Mar 1;48(3)100-104.
  • 7) Yam JC, Jiang Y, Tang SM et al : Low-concentration atropine for myopia pro-gression(LAMP)study : a randomized, double-blinded, placebo-controlled trial of 0. 05 %,0.025%, and 0.01% atropine eye drops in myopia control. Ophthalmology 126 : 113-124,2019.
  • 8) Sankaridurg P, Bakaraju RC, Naduvilath T et al : Myopia control with novel central and peripheral plus contact lenses and extended depth of focus contact lenses : 2 year results from a randomised clinical trial. Ophthalmic Physiol Opt 39 : 294-307,2019
  • 9) 井上文夫 : 小児期の近視の進行要因と予防. 京都女子大学生活福祉学科紀要 17: 31-37, 2022.